大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)3408号 判決

被告人 福島敏行 外二名

〔抄 録〕

二、元来、被疑者とは犯罪の嫌疑を受け未だ公訴を提起されていない者をいうが、被疑者たる地位はいつから始まるかについて案ずるに、告訴・告発・請求・自首・現行犯逮捕によって捜査手続が始まった事件については、これが捜査機関に知られた時から被疑者となると解されるが、右以外の事件については、単に捜査官が主観的に嫌疑を抱いて取調べをしたというだけでは足らず、捜査官が、犯人としてその者の刑事責任の存否を決めるための手続を開始したと客観的に認められる時から、被疑者となるというべきである。

記録に徴すれば、検察官は久保を被疑者としてではなく、参考人として取調べていることは明らかである。本件において、久保は福島の池田正之輔(以下池田(正)という)に対する贈賄行為そのものに関与しているともみられるけれども、捜査の当初において、「福島から三百万円を受取ったことはあるが、それは福島のため情報を収集した情報収集料である」とか、『その金を池田(正)に渡したことは絶対になく、私のため情報を集めてくれたいわゆる「廊下とんび」多数人に渡した』とか、『金を渡した相手は、実は「廊下とんび」ではなくて、数人の相当の高級官吏であるから、その名はいわれない』といい、その実体は必ずしも明らかではなかったし、久保じしんは昭和二十七・八年頃から福島の知遇を得、また昭和四十年頃から池田(正)の許に出入して親しくしており、その地位は微妙なものであった。

たとえ、捜査官が特定の者に対し、主観的に特定犯罪の犯人であるという嫌疑をもったとしても、この者をその時点で必ず被疑者としなければならないというものではない。いつ、この者を被疑者として取扱うかは、その者の動静・環境・証拠関係など諸般の事情を勘案して、捜査官が判断すべき事柄である。一般的には、捜査官から被疑者として取調べられるよりも、参考人として取調べられる方が当人にとっては有利であるということはいえる。久保は、村田検事から被疑者として取調べると告げられたというけれども、原審証人村田恒の証言によれば、起訴前の証人尋問後、久保が裁判官に提出した上申書について、村田検事が久保を取調べた際、久保が同検事に対し「偽証というなら、起訴してくれ。どうでもしてくれ」といったのに対し、同検事が「被疑者として取調べざるを得ないな」といったことが認められ、この事実に徴すると、同検事が久保を本件贈賄事件の犯人として、その刑事責任の存否を決めるための手続を開始したとまでみることはできない。なるほど、久保は、本件贈賄事件について、被疑者としての刑事訴訟法上の地位を与えられなかったことは事実であるが、それによって久保じしん不利益を蒙ったとまではいえない。また、久保を被疑者としなかったことについて、当該贈賄の相手方たる収賄事件被告人の弁護人が、これを非難するのも当を得たものとはいえない。

久保じしんの供述じたいによると、自己が処罰されることを憂慮した部分も認められるから、不起訴の特約があったと認めることはできない。また、久保を参考人として取調べることじたいが、不起訴の特約をしたものとまでみることはできない。受刑者を参考人として取調べることは許されないとはいえない以上、久保が受刑中であることを利用して、同人を参考人として取調べたとみることも当を得たものではない。してみれば、右検察官の措置に所論のような違法・不当のかどがあるとはいえない。論旨は理由がない。

(矢部 宮脇 桑田)

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